旅館 綿屋

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松浦史談会 末盧国 1978年昭和53年3月15日発行分に
*田代政平”
穴獄炭鉱(伊万里大川町立川ワタエン谷)坑業人 田代政平は明治はじめから12年頃まで、出炭不振であったが、政平は一人鉱区を拡大 当時北波多村矢代町に小笠原長生らの開抗していたが閉抗となった矢代炭坑を明治26年下請の契約をし、出炭を始めた。
翌年8月の日清戦争は炭価を暴騰させ、「雨がふるように金が入ってきた」というほどのものであった。
現在の旅館綿屋は政平の住家として建てられたもので、また立川村の公共施設を私財を投じたため立川村に「田代政平碑」が建てられた。政平は大川野村立川、綿屋谷に生まれ矢代町炭坑で財をなし立川に銅御殿と呼ばれる邸宅、米蔵二棟を建てたと伝えられるが、現在は石垣が残るのみ。
また明治26〜7年頃唐津大名小路に別荘豪邸を構えて世間をあっと言わせた。
その豪邸も昭和8年頃以来旅館綿屋が譲り受けて今日に及ぶ。
政平は後に満州に渡り大正5年 70歳で永眠。

スポット概要
スポット名 旅館 綿屋
カテゴリー 泊まる 福岡県外エリア
アクセス JR「唐津駅」下車 徒歩10分
ホームページ http://e-wataya.com/
所在地 佐賀県唐津市大名小路5-10
電話番号 0955-72-4181

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