博多の歴史を見る!お寺・神社ぐるっとコース

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若八幡宮

若八幡宮は古くから厄払いの神社として有名で、祭神は仁徳天皇、大巳貴尊、少彦名命。 厄年の男女が厄払いを行うために参拝し、自分の年齢になぞらえた鏡餅を供えることで厄を落とすという習慣が残っており、現在も鏡餅を手に参拝客が訪れる。 大晦日には深夜に及ぶ厄除、厄払いの祈願を行う神事が行われ、市内はもとより県内外から数多くの祈願者が参拝する。

■ 住所
福岡市博多区博多駅前1丁目29番47号
■ お問い合わせ
092-431-1391
■ 営業時間
10:00~16:30
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承天寺

太宰少弐武藤資頼寄贈の地に仁治3年(1242年)冷泉綱首謝国明が建立。 聖一国師(円仁)を請じて開山。臨済宗東福寺派。寛元元年(1243年)勅願所官寺になる。 仏殿、山門と勅使門は第2次大戦時に焼失したが、平成3年の開創750年を機に復興された。 又、仁治2年に疫病が流行した時、聖一国師が施餓鬼棚に乗り棒に担がせ 祈祷して回った事から博多山笠発祥の地とされている。 更に、国師が「饂飩・蕎麦・羊羹・饅頭」の製法を初めて日本に持ち帰った事からその発祥の地ともされている。

■ 住所
福岡県福岡市博多区博多駅前1丁目29−9
■ お問い合わせ
092-431-3570 ‎
■ 営業時間
9時00分~16時00分
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東長寺

真言宗の開祖・空海が日本で開いた最初の寺院とされる。また、九州八十八ヶ所第一番霊場、九州三十六不動尊結願霊場、 九州二十四地蔵尊第二十二番霊場ともされている。山号は南岳山。 境内には、本堂、六角堂、大仏殿などがある。国宝 千手観音菩薩は槙材一木の彫像で、平安時代の作。大仏殿の福岡大仏は1988(昭和63)年に彫像が始まり、1992(平成4)年に完成した高さ10.8メートル、重さ30トンの檜造坐像で、木像坐像としては日本一の大きさである。敷地内にある六角堂は市指定文化財。

■ 住所
福岡県福岡市博多区御供所町2−4
■ お問い合わせ
092-291-4459 ‎
■ 営業時間
9:00~17:00
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聖福寺

当寺は、わが国禅宗の始祖栄西禅師ようさいぜんしが、宋国より帰朝後、建久6年(1195年)に、 禅宗宣揚のため将軍頼朝よりともを開基として創建したものである。 処立ののち、後鳥羽上皇から下賜された「扶桑最初禅窟ふそうさいしょぜんくつ」の 勅額ちょくがくはいまも山門楼上にあり、聖福寺はその後発展して九州臨済宗第一の寺となり、 境内方4町(約19,441平方メートル)、子院38に及ぶ大伽藍を誇ったが、 数度の兵火にかかって現在は境内も4分の1にせばまっている。 仏法の求道者として苦難の一生を過した栄西禅師は、わが国の茶祖としても知られ、肥前背振山、聖福寺に茶種をまき、ここから 山城の宇治や栂とがの尾にひろめられたといわれている。 歴代高僧のうち特に仙厓和尚せんがいおしょうは書画等で広く世に知られ、 当寺には仙厓和尚語録をはじめおおくの墨跡や遺品を蔵している。 現在は護聖院(開山堂)幻住庵等の子院を含めて禅宗の伽藍型式がよく保存されているので、国の史跡に指定され、また、 高麗鐘こうらいがね等の重要文化財をはじめ多くの寺宝を蔵している。

■ 住所
福岡県福岡市博多区御供所町6−1
■ お問い合わせ
092-291-0775
■ 営業時間
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濡衣塚

『筑前続風土記』によれば、聖武しょうむ天皇の頃(724年~749年)、佐野近世と云う人が、京より筑前の守として赴任したが、 京から連れてきた妻が亡くなった。そのため、筑前国の女性を後妻とした。 後妻が先妻の娘を殺そうとくわだて、海人[1] に金品を与え「姫君が夜な夜な私の元に来て 着物を盗んでゆきます」と嘘を云うようにしくんだ。それを聴いた父親は怒って娘の所に行ったらば、 娘は濡れた衣をかぶって寝ていた。これは後妻が娘が寝入ったときに着せたものである。 父は激怒して娘を殺した。 その翌年、殺された娘が父親の夢に出てきて二首の歌を詠んだ。父親はその娘に罪が無いことをさとり 、後妻を里に返し自分は出家した。 この言い伝えにより、身に覚えのない罪を負う事を「濡れ衣」と云うようになった。

■ 住所
福岡県福岡市博多区千代3丁目2-9
■ お問い合わせ
■ 営業時間

博多の歴史は奥が深く、博多駅の周辺にはオフィスビルにだけではなく、以外と神社・仏閣が多い。 ちょっと時間を作っ […]…